大宰府時代の作品を中心とした道真の漢詩集です。全1巻。
道真の作品を読む場合、この作品集、
とりわけ「九月十日」あたりから入るケースが多いと思います。
しかし江戸時代においては、なかなか活字化されなかった事もあり、
知識人にとって「名前は知っているが実際に見た事はない」古典でした。
(それどころか、現代では「名前も知らない」古典ですね……。)
今回展示されるのは尊経閣文庫が所蔵する、前田家甲本と呼ばれる写本。
現存する後集の中で最も良いものとされ、
日本古典文学大系(岩波書店)の底本にも用いられています。
その奥書によれば、もともとの題は『西府新詩(さいふしんし)』でした。
西府とは平安京のはるか西に位置する大宰府のこと。
臨終を前に、大宰府で作った漢詩のうち、
「自詠」から「謫居春雪」までの39首を一巻にまとめ、
都にいた紀長谷雄(きのはせお)へ送ったものです。
長谷雄は異郷に果てた才能を惜しみ、後世にもその名が残るだろうと評しました。
その後、冒頭部に右大臣時代の詩を増補したのが、現在の『菅家後集』です。
道真自身が命名した『菅家文草(かんかぶんそう)』と
対比して名付けられたのでしょう。
最後に手元に残されたもの=漢詩と孤独に向き合った記録なので、
人によっては「消極的」「情けない」という印象を受けるかもしれません。
でも、自分の傷をえぐるような事はなかなか書けないんですよね、普通。
「私はここにいる」。その響きにちょっと寄り添ってみるのも良いものですよ。