時は901年の夏、所は比叡山延暦寺。
高僧・尊意(そんえ)の耳に、自室の扉を叩く音が響きました。
真夜中という時間帯を怪訝に思いながら扉を開けた途端、尊意は我が眼を疑いました。
訪問者は、今年の春に死んだはずの道真公。
しかしそこは良くしたもの、冷静を装って部屋の中に招き入れました。
まずは黙って相手の言い分を聞き出そうと試みたのです。
来客に取りあえず勧めたのは、旬にはまだ早いザクロの実。
「復讐にあたって、梵天と帝釈天の許可を得た。
例え天皇からの命令であっても、私を阻止するような事はしないで欲しい」。
はっきりと宣戦布告の意思を聞かされた尊意は、明快なまでに拒否しました。
「そう言われましても、二度三度と出動要請があれば、断る事はできません」。
道真は激怒し、とっさにザクロをつかみ、
口に含んだかと思うと、種ごと吹き出しました。
種は炎となって燃え上がり、傍らの戸に引火します。
尊意も臆せず印を組み、指先から水を放ちます。
攻撃を簡単にかわされてしまい、道真は悔し紛れに姿を消しました。
同じ画面に異なる場面を描くことで時間の推移を示す異時同図法を採用した
承久本のこの場面は、個人的には大好きなシーンです。
優美な正装でドアを律儀にノックする姿が、
いかにも生真面目な彼らしいという印象を受けるのです。
怨霊の火炎放射に僧侶が放水攻撃で応戦する光景が面白い、という声も出そうですね。